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Caritas

 

『人を思う』ということは、とても簡単な事です。



家族、友人、恋人。あるいは初対面の人でも。
何もしているのだろう。

どんなことを考えているのだろう。

好きなところ、嫌いなところ。


人を思うことが「愛」なのだとしたら、
尊敬も、欲求も、時には憎しみさえも「愛」と呼ぶのかもしれません。

 


同じように、相手を強く想う気持ちが「恋」です。
だから「愛」にふれた時、人は「恋」に落ちるのでしょう。

人を想うというのは、とても幸せな事です。
愛して欲しいという気持ちは、誰もが持つ感情です。
大切に想われることは、これ以上ない幸運なのですから。



しかし、思いには形がありません。
ですから、気づかなかったり、間違えてしまうことが多くあります。

よく似た「愛」と「恋」ならば、なおさらです。

間違ったまま押しつけてしまうこともあるでしょう。
気づかないまま拒絶してしまうこともあるでしょう。
そして、それを正しく返すことができないのは、とても辛いことです。


神はいつも、我々を見守ってくださっています。
だから私たちは、どのような状況であろうと、孤独ではないのです。
私は神に仕える身として、悩める者と共に祈りましょう。
それが、私が差し上げることのできる、唯一の「愛」です。



ミスター・ケラー



あなたは独りではありません。

私が、貴方と共に祈ります。


どうか、貴方の人生に、幸多からんことを。

17:00 シスター キンバリー・ジャニス・ヤーノルド comments(0)
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